あなたの寄付で大都会の真ん中でも外遊びができる環境を守ります
遊びは、子どもたちにとって生きることそのものであり、子どもたちは屋外で自然に触れたり いろいろな人とかかわりながら思う存分自由に遊ぶ中で、日々数々の小さな冒険と失敗を繰り返して人間として成長していきます。そのような自由な遊びの世界が失われつつあることに危機感を抱き、冒険遊び場(プレイパーク)の開催を通じて様々な生活背景を持つ子どもたちが少しでも楽しく自由に遊べる社会になるよう活動をしていきます。
1,日常的に五感を使い外で遊べる環境をつくる
2,友達と約束しなくても、誰かに会える場所をつくる
3,先生でもない親でもない、ななめの関係の大人がいて、気さくな会話ができる場所をつくる
4,やりたい遊びができたり、遊びに夢中になれる場所をつくる
5,子どもが子どもらしくいられる場所をつくる
6,年齢の違ういろいろな子どもや地域の人々にであって、いろいろな価値観を知る機会をつくる
7,家ではできない体験にも出会える機会をつくる
冒険遊び場(プレイパーク)は、遊びを通じて子どもが自分で選んで自分で決める姿勢をはぐくんでいきます。
プレイパークを始めて数年は お母さんたちはどろんこ遊びに近づかないよう子どもに声をかけていました。
泥のついた服を洗うのは大変だし、マンションの廊下までどろで汚したくなかったからです。
でも、どろんこ遊びを始めた子どもたちの楽しげな様子に、だんだんとどろんこで遊ぶことが広がっていきました。
お父さんも土曜日にやってきて、シャベルでひたすら穴をほる遊びに夢中になっていました。
(現在、のびのび広場改修工事のため、どろんこエリアが使えないのは残念なことです。)
2.名もない遊びがたくさん生まれたこと
大人は子どもに何か目的のある成果が目に見えるもので遊んでほしいと期待します。
でも、子どもはそんなことにはお構いなし。自分でおもしろいと思ったことをただひたすらやりまくる、それが遊びです。
このプレイパークでも、そんな名もない遊びがたくさん生まれ、それを面白がる大人の心のゆとりも生れています。
3.地域の何気ないつながりが築かれていること
いろいろな年齢の子どもがまじりあって遊ぶことで、小さい子を思いやったり、大きいお兄さんお姉さんを慕ったり、
自分の親とはまた違う年代のおばさんおじさんと話したり、ゆったりとした安心感の中で子どもたちが遊んでいます。
外国籍の親子の多いこの地域で言葉の壁もなんなく乗り越え、自分らしくいられる場所があることは安心感そのものです。
4.プレイパークを楽しみにしている子どもが多くいるということ
2024年秋、都立戸山公園大久保地区の約半分の面積が土壌汚染対策のために一時封鎖され、プレイパークの活動も一時中断を
余儀なくされました。プレイパークの名物だったハイジブランコもツリーデッキも使えなくなりましたが、
子どもたちはプレイリーダーの姿を求めて、公園に毎日集まってきました。子どもたちにとっては、どんな遊具で遊べるかは
関係なかったのです。ただ、自由きままにふるまえる遊び場とそこでつながっている仲間がほしかっただけ、ということに強く 気づかされました。